新しい農村政策から「両輪農政」へ=農業の担い手に多様性を―小田切徳美・明治大教授に聞く

農林水産省の「新しい農村政策の在り方に関する検討会」と「長期的な土地利用の在り方に関する検討会」はこのほど、「地方への人の流れを加速化させ持続的低密度社会を実現するための新しい農村政策の構築」と題した報告書を公表した。少子高齢化や人口減少が続く中、昨年3月に決定された「食料・農業・農村基本計画」に位置付けられた施策を具体化。農山漁村の地域資源と他分野を組み合わせて新しい事業を創出する「農山漁村発イノベーション」の推進や、新しい動きを生み出せる地域とそうでない地域の格差解消に向けた人材育成に取り組む方向性などを盛り込んだ。
新しい農村政策の在り方に関する検討会の座長を務めた小田切徳美明治大教授に、報告書の狙いや今後の取り組みの在り方などを聞いた。(聞き手=内政部・相京真伍)

「低密度」に価値

―新しい農村政策の検討に至った問題意識は。
食料・農業・農村基本計画の策定に当たり、課題は「『産業政策』と『地域政策』の両輪化」だった。従来の農政は、輸出や規模拡大など産業政策に傾斜しがちで、地域政策、つまり農村政策への配慮が必ずしも十分ではなかった。本来の農政は車の両輪で走るべきところ、農村政策が産業政策としての農業政策をサポートするための補助輪化していたわけだ。
これを両輪化するためには、農村政策の体系化が必要になる。1999年に新しい「食料・農業・農村基本法」が制定され、2001年の中央省庁再編により農水省は農村を所管する省として位置付けられた。これまでも同法に基づく基本計画で(5年に1度の見直しの際に)体系化に挑戦しようとしたが、その時々に大きな課題や政権交代などもあり、十分検討する余裕もなかった。その意味で、政権交代が直前にあったわけでなく、鳴り物入りの農政改革が迫られる状況でもなかった20年は体系化のチャンスだった。
私は新基本計画を議論した審議会メンバーではないが、体系化した結論として「しごと」「くらし」「活力」の3本柱に横断的な「仕組み」を加えた「地域政策の総合化」を打ち出している。地方創生の「まち・ひと・しごと」と重なる部分もあり、今回の体系化は正解だったと思う。
また、産業政策が地域政策を支え、地域政策が産業政策を支える政策好循環を生み出す部分がないと、単なる並立的な政策になってしまう。その意味で両輪をつなぐ「車軸」に当たる部分も必要だった。

―報告書では、表題に地方への人の流れの加速化と持続的低密度社会の実現を掲げた。
地方への人の流れを加速化するという部分では、2000年代初めごろから活発化している田園回帰の動きが、ポストコロナ社会の中で加速化する可能性がある。(昨年後半から今年初めの)東京都の転出超過は、テレワーク効果による(郊外への)「引っ越しの広域化」で必ずしも田園回帰まで至っていないが、移住相談の厚みなどを考えると、ワクチン接種が終わって正常化すれば、移住が急速に動きだすことも考えられる。その意味で、従来の田園回帰とは違う新たな動きが出てきたことを意識している。
もう一つの持続的低密度社会は、低密度に価値があるという考え方だ。新型コロナウイルスの状況を見ても、明らかに人口密度が高いこと自体が感染拡大につながっているように、今までは「集積のメリット」で高密度が価値を生み出していたが、そうではない意識が人々の中に急速に広まる可能性がある。ただし、低密度では過疎地域のように持続可能性が弱い部分もある。低密度の価値を持続化し、その価値を実現するためにどうしたらいいのかということが、この報告書では意識されている。

農山漁村発イノベーションを車軸に

―報告書ではしごとづくりの施策として、農山漁村発イノベーションの推進を打ち出した。
産業政策と農村政策という車の両輪をつなぐ、まさに車軸となるのが農山漁村発イノベーションだ。農村で仕事をつくっていくときに、農業と新しい要素を組み合わせることが考えられる。6次産業は「農業×加工」や「農業×直売」などだが、より広い概念として、産業面以外の「農業×福祉」など新しい組み合わせで価値を創り上げ、産業化していくのが農山漁村発イノベーションだ。
この一つの象徴として「半農半X」がある。人の動きとしてみれば、半農半X型で農業に入っていき、産業政策の中で支えられて本格的な農業者になっていくプロセスも考えられるだろう。
報告書には「多様な形で農に関わる者を育成・確保し、地域農業を持続的に発展させていくという発想も新たに取り入れて」と書いている。安定的で持続的な大規模経営だけを育てていくのではなく、多様性を認めているのが一つのポイントだ。

―くらしの部分では、「農村地域づくり事業体(農村RMO)」の育成を盛り込んだ。農村RMOが果たすべき役割とは。
RMOは多様な存在で、福祉的な活動に特化していたり、経済的活動に特化していたりするところもあるが、農村RMOは農村部に多いRMOの中でも、「攻め」と「守り」の両方の機能を持っている地域づくり事業体。(地域住民の暮らしを支援する)守りの活動をベースに、より積極的な経済的事業に乗り出しているような存在だ。
農村政策の車軸はくらしの部分にもあり、教育機会がしっかりしていたり買い物難民にならなかったりするような地域の居住環境を整えることで、農業の担い手が安心して農業を営むことができる。一方で、農業政策がきちんと機能すれば、土地利用が適正に行われて鳥獣被害も起こらず、耕作放棄地も発生が抑制され、田園空間全体が居住者にとって暮らしやすいものになる。その好循環を形成する車軸となるのが、農村RMOだと言えるだろう。

自治体農政の再建を

―活力づくりをめぐり、地域間格差をどのように考えるか。
報告書で言及した(新しい動きを生み出せる地域とそうでない地域の)「むら・むら格差」は非常に重要な問題だ。都市と農村の「まち・むら格差」は、いわゆる地域振興立法とそれに基づく施策で埋めることができる。
しかし、過疎地域内の格差であるむら・むら格差は埋める手段を今のところ持っていない。このため、好事例の横展開が重要だが、横展開には人材が必要で、優良事例集を作っただけでは役に立たない。むら・むら格差に対する地道な処方箋は人材育成になる。
その際に重要となるのは、自治体農政の再建だ。農林水産行政の職員の減少幅は(他部門と比べ)圧倒的に大きく、非常に自治体農政が脆弱(ぜいじゃく)化している。そこで発想されたのが「農村プロデューサー」の養成だ。地方自治体の職員が地域に飛び出すことがキーワードであり、そのための哲学とノウハウを(今年5月から実施している)「農村プロデューサー養成講座」で学んでもらいたい。
報告書では「地方自治体や地域の農業者等の事務の負担軽減のため、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の推進等による事務の合理化、各種申請手続きに係る書類の簡素化等を検討すべき」とも触れた。産業政策としての農政は、KPI(重要業績評価指標)などを掲げる中で自治体に対する調査が多く、自治体側は自分たちの仕事ができないという意識がある。自治体職員が現場に飛び出す余裕をつくるためには、事務負担の軽減も必要になる。

―「農的関係人口の創出・拡大」も打ち出した。
農的関係人口は、農業や農村に何らかの形で関わりを持つ人々として位置付けられている。私は「関わりの階段」という言葉を使っており、地域への関わりを深め、最終的には移住して農業者になるのが農的関係人口の出口だと思う。階段を上がることを最初から意識してはいけないという議論もあるが、関係人口の厚みがある市町村ほど、移住者も多いという調査結果もある。関係人口が階段を上がるときのきっかけになることは間違いないだろう。
関係人口が増えれば結果として移住者は増える。その際に、地域の農産物は非常に大きなアイテムになる。ふるさと納税の返礼品でも地域の農産物は多いが、地域の農産物は関係人口にフィットしやすい。

―新しい農村政策を進めていくのに当たり、行政に求められる役割とは。
新しい農村政策は鳴り物入りではないが、重要な改革が農業政策面でも農村政策面でも含まれており、「静かなる農政改革」と言える。
まず市町村には、農政が農業政策と農村政策の結合体であり、「好循環を起こすんだ」ということを意識してもらいたい。小さな自治体も、小さいが故に部局横断的な動きができる。部局の連携を取りながら、地域に飛び出す農村プロデューサーとして活躍してほしい。都道府県にとっても、市町村の取り組みを支える役割が十分できていないところもあると思う。場合によっては、県庁職員が(自治体間の)「補完性の原理」を考えずに現場に入り、穴があればそれを埋めていく動きがあっていい。高知県は「地域支援企画員」という仕組みで対応しており、こうした動きを積極的に取り入れることを考えてほしい。
国は、せっかくつくった農村政策の体系をますます発展させてもらいたい。「両輪農政」は今までがあまりにもアンバランスで、多くの批判があった。(今回打ち出した)新しさを維持し、ポストコロナの田園回帰を推し進める取り組みを、農水省だけでなく各省が連携して進めてほしい。

―農村側にはどういった姿勢が求められるか。
地方自治体の職員に農村プロデューサーとして頑張ってもらいたいが、場合によっては「もう限界だ」という声があるかもしれない。そのときに、農村RMOが役割を果たせるかもしれないし、例えば関係人口のマッチングなどでは、(行政と地域の間に立ってさまざまな活動を支援する)中間支援組織の活用も考えてもらいたい。(了)

小田切 徳美(おだぎり・とくみ)
明治大学農学部教授(同大学院農学研究科長)。農政学・農村政策論・地域ガバナンス論。東京大学大学院農学研究科博士課程単位取得退学(農学博士)。高崎経済大学助教授、東京大学大学院助教授などを経て現職。
主な著書に「農山村は消滅しない」(岩波新書)、「農村政策の変貌」(農山漁村文化協会)など。

記事掲載日:21/08/03

出典:Agrio https://www.jiji.co.jp/service/agrio/

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